『Hot Pepper ミラクル・ストーリー』 - 平尾勇司著

いまや知らぬ人はいないほどの知名度を誇る、リクルート社の"Hot Pepper"。サービス内容は誰もが知るところですが、そのビジョンや戦略・オペレーションの仕組みなどは意外にも知られていないのではないでしょうか。本書は、"Hot Pepper"の立ち上げや成功のプロセスを通じて、事業運営に多くのヒントを提供してくれます。

"Hot Pepper"の前身である「サンロクマル」を立て直すという所から始まったようです。リクルートが既に一定の成功を収めていた中で、異なるマーケットへの進出に意気込んで大量の資源を投入した際に起きたことが、いわゆる「選択と集中」の欠如、そして「戦略」の欠如であったと書かれています。その反動として、"Hot Pepper"は事業の全ての側面で徹底して戦略的な・考え切られた行動をとったようです。元来そういったことに意識的であるリクルートという会社の中で、過去の失敗という「仮想敵」を倒すためにある意味ラディカルに戦略的思考が徹底された、いい手本を見ているような気がします。

"Hot Pepper"は、「生活圏のエリアの紙のポータル」を目指して作られたとあります。人は誰しも半径5〜10kmの中で生活しており、その中で何を食べようか、どこで紙を切ろうかということを考えている。その生活様態に情報を与えるために、家に帰ったらフリーペーパーを寝転んで読んでもらう、というようなシーンがイメージされていたようです。また、飲食店等のクライアントに対しては「クーポン」というものの存在を、単なる「割引」ではない、効果的な「販促ツール」として定義しなおしたという所は、リクルートの思考力・実現力の真骨頂を感じさせます。

  • なぜ「紙」なのか?

いわばGoogleローカルの紙版ですが、彼らが敢えて紙メディアを選択した理由は、当時はまだネットではクライアントに課金が出来なかったため、紙でユーザーを囲い込み・ブランドを作って、来るべきネット自体にはそれを利用して稼ぐ、という手順を明確に考えていた、とあります。これは各種のネットサービスにも大きな示唆がある気がしますが、実際今の段階で振り返ってこの戦略がそのまま実現されたかどうかは分かりません。ユーザーを紙メディアで「囲いこむ」というのにはやはり無理があったようで、ユーザー視点に特化した食べログが現れています。また、ネットでの課金に成功しているぐるなびとの差を今後どうやって埋めていくのか、非常に難題です。

  • 根性論ではない「営業」

上記のような背景・大きな戦略のほかに、多くの紙数を割いて営業や組織の仕組み・制度が具体的に語られています。その中で特に感銘を受けたのは「営業を科学する」という姿勢です。飛び込み営業やトーク練習などが、世間的なイメージのような「体育会系」のノリだけで行われているのではなく、具体的な数値やルールと共に、綿密に作り上げられ・共有知化されたものとして育っていったプロセスが描かれている部分は必見です。「営業ほど無駄の残っている業務プロセスはない」という表現が非常に印象的です。この表現の後には、具体的に本誌の営業KPIが洗い出され、向上のための基本的な考え方が示されています。


著者は"Hot Pepper"で作り上げたモデルで以って、この後のリクルート内の各誌の地方展開を激化させていった立役者のようです。そのプロセスはどのような事業をやるにも手本となる水準のものだと思います。一方で、ネット時代に適合していくためには、ここで築いた「強み」がどのように活かされなければならないのか、リクルート自身もまだそれを模索しているのかもしれません。