Mr.金川千尋 世界最強の経営 - 金児昭著

率先垂範という四文字が全てを表している。金川さんの経営者像とは、社の中で最も実務能力が高く、最高レベルの仕事をやって見せ、それによって部下達への要求水準を上げる、教育としてのOJTのレベルも上げる、というものである。最高レベルの能力によって、厳しいマネジメントにも人はついてくる。ラディカルなほどの少数精鋭主義が成立する。金川さんが示す具体的な能力が、下記である。

  • 販売能力

彼は「販売は経営の生命線」と言い切る。そのために、自社の素材を使って売られる顧客の製品が売れるような手助けまでを行い、クレームには「どこかで逃げるような気持ちがあってはできない」レベルでの対応を行う。その結果、"良い製品を1円でも高く、多く買っていただく"ことを可能にしている。
この哲学には顧客との信頼関係の築き方なども含められており、ややもすれば古い販売スタイルのように見えることもある。しかしそれは、高い品質を理解してもらうためであったり、顧客のニーズをより精緻に取り入れるためでもあり、古いと切り捨てられるものでは決してない。シスコのジョン・チェンバースのような最先端の企業であっても同様の示唆が得られるように、販売の基本として考えられるものである。

  • 市況を読む能力

信越化学は素材産業であり、業績は市況に大きく左右される。その中で、金川さんは毎朝アメリカの駐在員に直接電話し当地の市況を聴き、毎朝2時間を使って海外から届く全てのファックスなどから「お客様の生の声」を最重要視して情報を集める。仕事のキャンセルやリスケ、顧客が急いでいる場合などがその「声」には含まれる。
この情報に対するスタンスと同様に重要なのは、その後のアクションである。昨日までなかった動きを察知したら、その場ですぐに指示を出す。また、市況が言い時にこそ契約の長期化などを行い、悪くなった場合に備える。市況の流れを読むような力は、彼ほどの長い経験と優れた才能を必要とするのかもしれないが、少なくとも「最悪に常に備える」といったリスク管理に対する姿勢は、凡百の人間にとっても実行可能なものである。

  • 国際経営能力

ベン・ブランチに「世界で三人」と言われるほど、金川さんの国際経営能力は突出している。経営レベルでの重要な点の1つは、世界中の市場を念頭に置くということである。中国、新興国と特定の流行のみを見るのではなく、1円でも多くの利益が上げられるマーケットがあるのであればそこに出向く。一方で、アメリカへの工場建設に見られるように、カントリーリスクと契約遵守が根付いている国であるということを重要視する。
また個人として、外国人に対しては人格を傷付けないよう特に言葉遣いに気をつけること、積極的に褒めること、それらを可能にする「恐らく日本で最もレベルの高い」英語力を身につけている。その英語力によって、契約や発表の際にはアメリカ人の新聞記者と英語表現について精査を行い、CCにも徹底的に気をつけている。これらの能力、特に語学力に関しては、彼がいつどのように身につけたのかということはこの著作からは明らかにならないため、調べる必要がある。


これらのずば抜けた能力によって、金川さんの厳しさは成り立っているのであり、厳しいからこそ優しさが甘さとしてではなく存在しうる。また、そのような厳しさの一環として少数精鋭主義が成立する。どちらも彼の徹底した自己統制と能力の高さが可能にしているものであり、それだけを真似ようとしても不可能なものである。