132億円集めたビジネスプラン - 岩瀬大輔著


132億円集めたビジネスプラン
岩瀬 大輔
PHP研究所
売り上げランキング: 927


冒頭にある"アントレプレナーシップ"という言葉の定義が全体の通奏低音となり、顧客開発・自社戦略・資金調達・組織構築が語られている。

"Relentless pursuit of opportunity beyond resources currently controlled" 「現在自分のコントロール下にある経営資源に制約されることなく、新しい機会を執拗に追い求めること」

  • 顧客開発

「顧客にどのような価値を提供するのか?」という問いに答えるためには、その顧客について徹底的に知り尽くすことが必要になる。それは性年代にとどまるものではなく、ライフスタイルや何を考えているかという主観的な情報までに至る。また、従来までに語られているようなステレオタイプに留まらない顧客像を浮かび上がらせるために、下記3つのアプローチが有用である。

  1. ファクトに注目する:既存の言説をバックアップするものではなく、ファクトそのものから何が言えるかを考えることができる。厳しい市場環境の中でも売上をのばしている会社も存在する。
  2. 既知の情報を、違う切り口で分析する:用意されたグラフを鵜呑みにするのではなく、前提条件は何か・グラフの目盛りは何か・異なった見方はできないのか、ということを考える。
  3. 生のデータに当たる:皆が「何となく分かったつもりでいる」ことこそ、生のデータにあたって真実を浮かび上がらせることが出来る。

これらの手法により、通説を覆す『新しい機会』たる顧客セグメントを見つけることができれば、それこそがベンチャー企業のお客様であり、新たな価値を提供することのできる顧客層となる。それらの層が見つかれば、次の段階として、アンケートやインタビューが生の声を独自に収集するための重要な手段となる。

  • 自社戦略

ライフネット生命の事例で出色なのは、その価格設定である。定量分析から導かれる最大利益の価格ではなく、「生命保険料を半分にする」という理念をベースにした価格設定が行われている。この目標を先に定め、そのための手段を考えていくという順番はアントレプレナーシップの定義にまさしく適うものである。手段として、シンプルな商品内容やラインナップ、営業手法などがイノベーションとして生まれている。
廉価良質なサービスを実現するためには低コストなプロモーション施策が必要だが、そのために同社では「会社が出来るストーリーごと『売る』」と言われるような広報を重視したプロモーションが行われている。そのために、マスコミが好むとする「意外性」「ミスマッチ」や「時代性」を重視し、知名度のピークをサービスリリースに持っていくべくスケジューリングを行っている。

  • 資金調達

資金調達においても、「誰に頼めるか」ではなく「誰に株主になってもらうことが、事業の成長に最も寄与するか」という視点が提示される。同社の場合、調達先となる事業会社の要件として、消費者に安定感を与えるか・新しさのイメージ、消費者/ウェブマーケのノウハウ・意思決定の早さが挙げられている。
また、資金調達の際の事業計画の説明の肝も解説されている。「どの程度事業が大きく成り得るのか」というアップサイドを説得力ある論で語ることはもとより、「この事業にはどのようなリスクがあるのか」という点もロジカルに描き出し、ひとつひとつ対策を講じていることを示す必要がある。同社の場合、リスクは下記のように挙げられている;

  1. 既存の生命保険会社が破綻するケースを分析
  2. その原因は、放漫経営・過去の高利回り商品による逆ザヤ・赤字続き
  3. 先頭2つはあり得ず、最後の1つは結局「ネットで売れるのか」とう点に行き着く。ここは信じてもらう(リスクをとってもらう)ところ
  • 組織構築

ベンチャー企業は、その中で働く人材の器を超えることはない。そのため、初期のマーケティング活動はその人材訴求を意識して行われる必要がある。また、アントレプレナーシップに基づけば、「誰なら来てもらえそうか」という観点は一旦捨て、「一切の制約がないとしたらどのような人材にチームに加わってもらいたいか」という考え方をすべきである。
また、成功するベンチャー企業に必要なこととして、周囲から「応援したい」と思ってもらえるかどうかという点があると言われる。これは創業者の人格にも加え、その会社の理念やサービスが、時代の要請に沿っているかという点が最も影響する。時代が求めているものをより良く提供できることを示すことが出来れば、応援がついてくるものである。


132億円集めたビジネスプラン
岩瀬 大輔
PHP研究所
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戦略プロフェッショナル - 三枝匡著


企業経営における手法はある水準までセオリーとすることができる。特に本書で描かれているような事業のターンアラウンドであればその割合は他の側面に比べ高まる。プロテック社のケースにおいて示されている重要なセオリーとは一つに戦略の内容そのものであり、二つに組織による遂行方法である。本書の言う「実践的戦略プロフェッショナル」とは、セオリーに基づいた戦略を立案でき、遂行できる人物のことである。


-戦略内容1: 戦略事業の決定事業が赤字か黒字か、シェアが何%かという事実だけでは意思決定の材料にはならない。ポートフォリオ上での位置づけを明確にする必要がある。その事業がプロダクト・ライフサイクル上でどのステージにあり、競争ポジションが強いか/弱いかでその位置づけは決まる。社内の事業ごとにポートフォリオ上の位置づけを明確にし、どの事業に集中して投資を行うかを決定する。導入期(高い成長率/弱い競争優位)にある事業に投資を行い、それが混乱や衰退のルートにたどるシナリオを回避し、成長から成熟へのルートを目指す。成長率は外部要因だが競争優位は内部要因を含むため、競争優位を築ける根拠(製品内容、販売方法、価格etc.)を同時に見いださねばならない。また、利益率の高い事業を戦略事業としなければならない。


-戦略内容2: 戦略展開方法の決定
集中すべき事業を決定したら、その事業において競争優位を築き成長するためのネックが何か、それを解消するために何が必要かを見いだす必要がある。価格、製品内容、営業方法などがネックになりうる。


-戦略内容3: 目標決定
集中すべき事業を決定したら、その事業の目標を定める。競争環境や自社の業績から考えて、必要な時期とボリュームを設定する。事業の成功と失敗は目標によって決まる。計画が想定通りに進まないことは世の常であり、目標設定時に前提条件を明確にし、実施の際にどこがうまくいかなかったのかという点を明らかにすることが重要である。失敗した場合の逃げの手を考慮しておくこともこの一環である。


-戦略内容4: セグメンテーションと実行プランセグメンテーションとは「同様の購買性向/ニーズを持った顧客の分類」である。目標を達成するための実行プランを作成する。実行可能なプランとするためには、セグメンテーションが最も重要である。セグメンテーションは意思決定そのものであり、組織を動かすためのリーダーシップに必要なものとなる。セグメンテーションはシンプルであるべきであり、かつ切れ味の鋭いものである必要がある。


-実行内容1: 戦略立案体制事業のポートフォリオ上の位置づけなど、現実を単純化して核心に迫ることが役割である戦略は曖昧にされてはならない。一方で立案に特化した戦略企画部門は組織ラインとの軋轢を生む場合が多い。立案部門は自ら実行に関わり、ラインマネージャーは戦略立案に関わる必要がある。その上でドラスティックな意思決定が必要である。


-実行内容2: ルート3症候群の改善成長率は高くとも競争優位を築けずドンジリに向かっている事業の組織は大抵不活性な組織になっている。既に野心的な社員は辞めており、逆に素直だが低いレベルで安定していることが多い。状況の改善には2つのことが必要である。当面の戦略目標を示すことと、組織の適度な不安定化が必要である。若手の抜擢などが具体的な例である。


-実行内容3: 価値観の転覆戦略実現のための実行プランは、殆どの場合従来のやり方を否定することになる。組織は混乱し軋轢が生まれる。その際に戦略リーダーの立場は最も危険になる。この時、経営トップとの連絡を密にし、部下を掌握し、横との問題を解消する必要がある。


-実行内容4: 実行におけるしつこいフォローセグメンテーションを成功させるために最も重要なのはその実行をしつこくフォローするシステムを持つことである。報告は定期的に必ず行い、聞いたり聞かなかったりということをなくす必要がある。報告の対象にも漏れや例外を許してはならない。そして管理するシステム自体はなるべくシンプルである必要がある。セグメンテーションはそれまで実行されてこなかったセグメントに手を付けることになるため、実行部隊からは不平を受ける宿命を負っている。だからこそしつこくフォローを行い、進捗を得なければならない。


本書のケースでは当該事業のブレイクスルーに至るまで主人公の強力なリーダーシップが発揮された。その成果として事業が大きく成長し組織が活性化するが、その少し後に主人公が再度組織に問題を感じ始める。トップダウンゆえに上からの指示待ちになり、セグメントや営業の管理を確実に行うがゆえに組織の「遊び」がなくなったと感じている。
どのような組織でも永遠にパフォーマンスを続けるということはない。製品や事業も同じであり、時間と共に成長を続けるには更なる戦略と組織の実行が必要とされる。本書はターンアラウンドのフェーズに限ったものだったが、別のフェーズについても学んでいかなければならない。


ビジョナリーカンパニー衰退の五段階 - ジェームズ・コリンズ著


ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階
ジェームズ・C・コリンズ(James C. Collins)
日経BP
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偉大な企業が衰退していく要因を解き明かした著作だが、まだ「偉大な企業」ではない者にとっては二つの意味がある。一つは、これらの要因を初めから持っていては当然偉大な企業たることは不可能だということであり、二つには偉大な企業に至る過程での小さな成功においても、小さな成功をピークに衰退してしまうことを避ける必要があるということだ。その観点から、本書に著されている五段階を見ていくことが出来る。

  • 第一段階:成功から生まれる傲慢


第一段階は心理的な要素である部分が多い。傲慢とは理性的な経営が失われることを指している。モトローラはアナログ携帯電話の大成功によってデジタル機への需要の勃興を無視した。サーキットシティが新規事業に"中途半端に"のめりこんでいる間、ベスト・バイは中核事業の新コンセプト店による進化を進めていった。
ここであるべきとされている姿勢はサム・ウォルトンのものに集約できる。すなわち、「会社の目的を明確にする姿勢と謙虚にものを学ぶ姿勢」である。このことをずっと続け、人を雇い・文化を築き・新分野に進出するときでも当初の原則を徹底した。

  • 第二段階:規律なき拡大路線


本段階が最も重要である。それまでの成功を超える成功を求められ、過大な業績目標によって規律なき進出を行ってしまう。"規律"とは、会社の価値観に合うか/情熱を持って取り組めるか・その分野でナンバーワンになれるか・会社の経営資源を強化するか、という基準がある。
偉大な企業は常に大胆な目標を掲げるが、目標を実現する手段を誤ってはならない。ユニクロの売上高一兆円目標は、あくまで現在の中核事業で成し遂げることを想定している。単純に業績を追い求めるようになるのであればそれは規律なき進出になる可能性がある。あくまで、事業ありきでなくてはならない。
事業の新規進出の是非は難しい。偉大な企業は「多くを試しうまく行ったものを残す」と言われる。恐らく基本的にはスモールスタートが望ましく、大きく勝負する際にはソフトバンクの言う「体力の1/3までの範囲内で勝負する」という基準が必要である。

  • 第三段階:リスクと問題の否認

第三段階は組織の問題を指摘している。経営陣にマイナスの事実を挙げないようになる、データや事実を根拠に議論をしなくなる、経営幹部や功績を誇り責任を逃れるようになるなど、基本的な組織の病理に関する指摘が主である。
これらはどの段階・サイズにある企業でも容易に衰退の原因となる。むしろ偉大でない企業が考えるべきは、これらの病理を生まない組織を初めにいかに設計し維持するかである。これらは経営者の倫理観だけで出来るものなのか、何らかの設計が助けてくれるものなのか、学んだ事全てを総動員して実現しなくてはならない。

  • 第四段階:一発逆転の追及

カーリー・フィオリーナルイス・ガースナーの対照が最も示唆に富んでいる。衰退の時期にある企業には一発逆転の策、派手な露出、救世主扱いの経営者ではなく、徹底した分析から強みを維持拡大し、弱みをなくし、本当に必要な買収だけを選択し、成果を積み重ねていくことを優先すべきである。
偉大な企業でなくとも、失敗を多く積み重ね衰退と呼べるフェーズに差し掛かってしまったのであれば、ターンアラウンドにおいてなすべきことはIBMと同様であり、一発逆転を狙うべきではない。

  • 第五段階:屈服と凡庸な企業への転落か消滅

第一〜四段階の結果、企業は屈服して身売りするか、倒産する。ここで最も重要なのは「どの企業も永続する価値があるわけではない…『当社が消えたとき、世界は何を失い、どういう点で悪くなるのだろうか』という問いに対して、説得力のある答えが出せないのであれば、恐らく屈服が賢明な道」という箇所である。
これは衰退した企業が身売りするか否かという場合にのみ存在する基準ではない。会社の設立、存続の全てのフェーズで企業に突きつけられ続ける問いである。戦いで重要なのは生き残ることではない。世界に特有の影響を与え、優れた業績を挙げながら、他の組織が簡単に埋めるわけにはいかない、という企業を築かねばならない。


本書の最後には、衰退の兆候は知ることが出来るものであり、これらのどこかの段階からも回復することは出来る、よって失敗とは心の問題である、という言葉で締められている。しかし第五段階で見るように、企業の存在意義に関しては初めの時点から答えのあるものになっていなければならない。第二段階で言うように、中核事業たるものは十分に成長する余地があるものでなくてはならない。これらは偉大な企業になる前から決められていなければならないものだ。


ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階
ジェームズ・C・コリンズ(James C. Collins)
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Mr.金川千尋 世界最強の経営 - 金児昭著

率先垂範という四文字が全てを表している。金川さんの経営者像とは、社の中で最も実務能力が高く、最高レベルの仕事をやって見せ、それによって部下達への要求水準を上げる、教育としてのOJTのレベルも上げる、というものである。最高レベルの能力によって、厳しいマネジメントにも人はついてくる。ラディカルなほどの少数精鋭主義が成立する。金川さんが示す具体的な能力が、下記である。

  • 販売能力

彼は「販売は経営の生命線」と言い切る。そのために、自社の素材を使って売られる顧客の製品が売れるような手助けまでを行い、クレームには「どこかで逃げるような気持ちがあってはできない」レベルでの対応を行う。その結果、"良い製品を1円でも高く、多く買っていただく"ことを可能にしている。
この哲学には顧客との信頼関係の築き方なども含められており、ややもすれば古い販売スタイルのように見えることもある。しかしそれは、高い品質を理解してもらうためであったり、顧客のニーズをより精緻に取り入れるためでもあり、古いと切り捨てられるものでは決してない。シスコのジョン・チェンバースのような最先端の企業であっても同様の示唆が得られるように、販売の基本として考えられるものである。

  • 市況を読む能力

信越化学は素材産業であり、業績は市況に大きく左右される。その中で、金川さんは毎朝アメリカの駐在員に直接電話し当地の市況を聴き、毎朝2時間を使って海外から届く全てのファックスなどから「お客様の生の声」を最重要視して情報を集める。仕事のキャンセルやリスケ、顧客が急いでいる場合などがその「声」には含まれる。
この情報に対するスタンスと同様に重要なのは、その後のアクションである。昨日までなかった動きを察知したら、その場ですぐに指示を出す。また、市況が言い時にこそ契約の長期化などを行い、悪くなった場合に備える。市況の流れを読むような力は、彼ほどの長い経験と優れた才能を必要とするのかもしれないが、少なくとも「最悪に常に備える」といったリスク管理に対する姿勢は、凡百の人間にとっても実行可能なものである。

  • 国際経営能力

ベン・ブランチに「世界で三人」と言われるほど、金川さんの国際経営能力は突出している。経営レベルでの重要な点の1つは、世界中の市場を念頭に置くということである。中国、新興国と特定の流行のみを見るのではなく、1円でも多くの利益が上げられるマーケットがあるのであればそこに出向く。一方で、アメリカへの工場建設に見られるように、カントリーリスクと契約遵守が根付いている国であるということを重要視する。
また個人として、外国人に対しては人格を傷付けないよう特に言葉遣いに気をつけること、積極的に褒めること、それらを可能にする「恐らく日本で最もレベルの高い」英語力を身につけている。その英語力によって、契約や発表の際にはアメリカ人の新聞記者と英語表現について精査を行い、CCにも徹底的に気をつけている。これらの能力、特に語学力に関しては、彼がいつどのように身につけたのかということはこの著作からは明らかにならないため、調べる必要がある。


これらのずば抜けた能力によって、金川さんの厳しさは成り立っているのであり、厳しいからこそ優しさが甘さとしてではなく存在しうる。また、そのような厳しさの一環として少数精鋭主義が成立する。どちらも彼の徹底した自己統制と能力の高さが可能にしているものであり、それだけを真似ようとしても不可能なものである。


『ブランド帝国LVMHを創った男 ベルナール・アルノー、語る』

世界でも有数のブランド好きである我が国に住んでいる身としては、自分に興味がなくともルイ・ヴィトンなどの商品を多く見かけます。しかしこれだけ知られている商品でも、意外とその経営的な実態は知らないものです。そんな身には、ヴィトンやディオール、モエ・ヘネシータグ・ホイヤーなどのブランドが全て同じ「LVMHグループ」である、ということに先ず驚きますが、さらにその成り立ちや経営方針、そしてその立役者であるベルナール・アルノーの生き様には、さらに驚かされます。

  • グループを「創る」

出発点は、一族の資産を投げ打って買収した「クリスチャン・ディオール」でした。この時は母体であるブサック社というコングロマリットを解体することで収益性を取り戻す、という考えの投資だったようですが、その後LVMHと出会うことで、ディオールと組み合わせ「高級ブランドグループ」を創る、というビジネスプランが出来上がります。あまり市場では知名度のない中で、ブサック社の買収に名乗りを上げる過程の話には、徹底的な調査やパートナー集めなど、いわゆる「起業」という言葉が想起されるものとは違う種類のアクションを知ることができます。

  • グループを経営する

このケースで特徴的なのは、終始一貫して、ヴィトンやディオールのような「本当のスターブランド」を中核に据えた「グループ経営」が必須である、という点が強調されていることです。これらの強靭な背景を持つブランドは、景気の変動に強く、長期的にキャッシュフローを生み出すことが出来、だからこそ新たなブランドの育成にも投資が可能になる…という経営方針が何度も詳細に述べられています。企業連合がグループ化されることの意味を本質的に理解するチャンスというのはなかなか無い気がしますが、LVMHの場合はビジネスの性質からその必要性が説かれています。
また、グループの運営は財務的なつながり以外に、「高品質・創造性、ブランド・イメージ・企業精神」という理念でもって団結をしている、とあります。確かにこのような、共通する価値観や、それがゆえにビジネスにも好ましい影響を与えるような価値観を共有しているということは、財務的な「グループ」経営により強い意味をもたらすことになるのだと思います。

  • 起業や経営への示唆

上記のような自グループの具体的な話から、より普遍的なテーマにも話は及びます。起業については、5年前の高級ブランド品業界は社会的な認知度が低く株価もずっと安かったことを指し、その時流行の分野に手を出しても強い将来性はない。注目されていない分野こそがチャンスだ…という点を指摘します。また、そうすれば、数年でゼロから巨大企業が作れることも教えてくれています。また、企業家としての矜持について、会社を成長させ、拡大させていくことの魅力や意義が素直かつ上品に語られており、ややもすればそういった価値観を軽視しがちな風潮を改めてくれる気がします。

このほかにも、フランスの国や市場としての課題をアメリカと対比しながら語っている内容や、インターネットなどの新市場、人材に対する考え方などはどれも一読の価値があるものです。何より、どこまでも謙虚で実務的な物言いが美しさすらを感じさせてくれます。


『直球勝負の会社』 - 出口治明著


ライフネット生命を起業した、出口社長の最新著書。生命保険という市場環境、60歳を超えるというバックボーン、そしてネット専業という参入方法など、示唆に尽きることのないケースとして学ぶ点が多くあります。

  • 生命保険という市場

出口さんが100億円を超える資金を調達するために各企業にビジネスモデルのプレゼンテーションを行った際に挙げた「5つのポイント」が、ライフネット生命が参入した市場を端的に表しています。

  1. 市場の規模が大きい。日本人の支払う生命保険料は、年間40兆円以上
  2. 商品・サービスに対する消費者の不満が大きい。保険金過払い問題が筆頭
  3. 『凧を揚げる風が吹き始めている』。変化を求める世の中の流れが起こりつつある
  4. インターネット販売による「わかりやすくて安くて便利」という明確なソリューション
  5. 参入障壁が高い。内閣総理大臣の免許書による事業

市場が規模が大きく参入障壁が高いという理想的な市場をターゲットと出来たのは、ひとえに2と3の「時流を読む」ことが出来たからに他なりません。実は10年ほど前にも出口社長は4の手法で以って新事業を試みていますが、その際は「風が吹いていない」と言って取りやめています。そこでアイデアに拘泥せず、今回のタイミングを待てたというのは、時流の大切さを真髄から理解されている方にしか出来ないことと言える気がします。

  • 60歳というバックボーン

この出口社長が60歳であるということは2つの大きな示唆をはらんでいます。1つに、長く日本生命に勤められたことにより、生命保険という市場のプロであり、誰よりも深い理解を持っていること。この事は、起業に際して金融庁ガイドラインを読み込むことで「免許は下りる」という確信を持つに至ったことや、その後の商品開発等の経営に強く活かされていると思います。
また2つには、その長い「業界内」の経験は、出口さんにとってはその眼を曇らせることとはならなかった点にあります。経験を積んでも、市場の率直な課題を見誤ることなく、顧客の「本当のニーズ」に焦点を合わせることが出来る、これは一重に万人が学ぶべき出口さんの『能力』といえる点ではないでしょうか。

  • ネット専業の参入方法

インターネット販売を用いたこと、シンプルな商品設計/ラインナップを旨としていること、業界の経験のないパートナーを選んだこと、「正直」な企業方針を貫いていること、これらは、ライフネット生命が挑んでいる市場の課題から固有に必要となったものもあれば、出口さんのスタイルとしてビジネスプランに係らず選ばれているものもあると思います。しかし成功のタネが潜んでいるとすれば、出口さんのスタイルである「正直」な点がビジネスの「強み」となり得るような市場/起業を選んでいるのであれば、それはいい結果に結びつくのだと思います。


事業を起こす際に最も重要な「時流を読む」力、出口さんは長い市場での経験と、一方それに曇らされることのない澄んだ眼を持ち続けることによってそれを読みきり、生来の正直なスタイルを利用してそこに挑まれています。



『Hot Pepper ミラクル・ストーリー』 - 平尾勇司著

いまや知らぬ人はいないほどの知名度を誇る、リクルート社の"Hot Pepper"。サービス内容は誰もが知るところですが、そのビジョンや戦略・オペレーションの仕組みなどは意外にも知られていないのではないでしょうか。本書は、"Hot Pepper"の立ち上げや成功のプロセスを通じて、事業運営に多くのヒントを提供してくれます。

"Hot Pepper"の前身である「サンロクマル」を立て直すという所から始まったようです。リクルートが既に一定の成功を収めていた中で、異なるマーケットへの進出に意気込んで大量の資源を投入した際に起きたことが、いわゆる「選択と集中」の欠如、そして「戦略」の欠如であったと書かれています。その反動として、"Hot Pepper"は事業の全ての側面で徹底して戦略的な・考え切られた行動をとったようです。元来そういったことに意識的であるリクルートという会社の中で、過去の失敗という「仮想敵」を倒すためにある意味ラディカルに戦略的思考が徹底された、いい手本を見ているような気がします。

"Hot Pepper"は、「生活圏のエリアの紙のポータル」を目指して作られたとあります。人は誰しも半径5〜10kmの中で生活しており、その中で何を食べようか、どこで紙を切ろうかということを考えている。その生活様態に情報を与えるために、家に帰ったらフリーペーパーを寝転んで読んでもらう、というようなシーンがイメージされていたようです。また、飲食店等のクライアントに対しては「クーポン」というものの存在を、単なる「割引」ではない、効果的な「販促ツール」として定義しなおしたという所は、リクルートの思考力・実現力の真骨頂を感じさせます。

  • なぜ「紙」なのか?

いわばGoogleローカルの紙版ですが、彼らが敢えて紙メディアを選択した理由は、当時はまだネットではクライアントに課金が出来なかったため、紙でユーザーを囲い込み・ブランドを作って、来るべきネット自体にはそれを利用して稼ぐ、という手順を明確に考えていた、とあります。これは各種のネットサービスにも大きな示唆がある気がしますが、実際今の段階で振り返ってこの戦略がそのまま実現されたかどうかは分かりません。ユーザーを紙メディアで「囲いこむ」というのにはやはり無理があったようで、ユーザー視点に特化した食べログが現れています。また、ネットでの課金に成功しているぐるなびとの差を今後どうやって埋めていくのか、非常に難題です。

  • 根性論ではない「営業」

上記のような背景・大きな戦略のほかに、多くの紙数を割いて営業や組織の仕組み・制度が具体的に語られています。その中で特に感銘を受けたのは「営業を科学する」という姿勢です。飛び込み営業やトーク練習などが、世間的なイメージのような「体育会系」のノリだけで行われているのではなく、具体的な数値やルールと共に、綿密に作り上げられ・共有知化されたものとして育っていったプロセスが描かれている部分は必見です。「営業ほど無駄の残っている業務プロセスはない」という表現が非常に印象的です。この表現の後には、具体的に本誌の営業KPIが洗い出され、向上のための基本的な考え方が示されています。


著者は"Hot Pepper"で作り上げたモデルで以って、この後のリクルート内の各誌の地方展開を激化させていった立役者のようです。そのプロセスはどのような事業をやるにも手本となる水準のものだと思います。一方で、ネット時代に適合していくためには、ここで築いた「強み」がどのように活かされなければならないのか、リクルート自身もまだそれを模索しているのかもしれません。